【対談】印鑑ECの未来を拓くーM&Aを通じた組織進化と顧客価値の向上を目指して

印鑑・スタンプのECサイト「ハンコヤドットコム」を運営するハンコヤドットコムは2023年10月、ラクスルグループに参画した。業界トップクラスの実績を持つ同社が、グループインしたことによって、どのような進化を遂げているのか。新たな成長戦略と組織変革について、キーパーソンに話を聞いた。

<対談者プロフィール>

ハンコヤドットコム 代表取締役社長CEO  柳 晋平 Shimpei Yanagi 

ハンコヤドットコム マーケティング統括・商品戦略部 部長  赤穂 智美 Satomi Ako

グループインをきっかけに顧客視点での価値提供を加速

—— 柳さんはラクスルで印刷事業部長を務め、今はハンコヤドットコムの代表取締役社長を務めていらっしゃいます。まずはラクスルグループとしてハンコヤドットコムに期待する役割と、その実現に向けた取り組みについてお聞かせください。

柳:ラクスルグループとしては、ハンコヤドットコムのM&Aには2つの事業上の狙いがありました。1つは、ラクスルグループがカスタマイズECとしてさまざまな商材を展開してきた中で、新たな柱としてハンコという商材を獲得すること。もう1つは、ラクスルとハンコヤドットコムとの間でシナジーを生むことでした。

前者については、印鑑・スタンプを含むはんこの領域をこれまで以上に強化しようとしています。以前は印刷物やノベルティなど商材を広げていく戦略を持っていましたが、現在はラクスルが強い領域はラクスルに任せ、社名に冠している「ハンコ」事業にフォーカスし、商品追加やECサイトの利便性改善、集客増加といった施策を展開しているところです。後者については、ラクスルのお客様にハンコヤドットコムの商品を購入していただく、その逆も然りと、両社のサービスを相互に活用していただけるシナジー効果の創出を目指しています。

—— グループインによって、具体的にどのような変化が生まれているのでしょうか。

赤穂:私は商品戦略部で商品開発を担当していますが、最も大きな変化は商品追加のスピードが飛躍的に向上したことです。これまでは既存商品の販売に注力する傾向が強かったのですが、グループイン後は「もっと他にできることはないか」というチャレンジ志向が生まれ、それを迅速に実行できる環境へと変わってきたと感じています。

例えば、これまでシルバーカラーのみで展開していたチタン製の印鑑に関して、お客様のニーズを踏まえてカラーバリエーションを拡充しました。その結果、ゴールドなどの新色が法人のお客様の支持を得て、売上の向上につながっています。

 

柳:この変化の背景には、グループインしてから推進してきた意識の変化があると考えています。以前は確立された商品ラインナップがある中で「我々が持っている商品をどう買っていただくか」というプロダクトアウト的な視点が強かったように思いますが、今は「お客様が求めているものは何か」というマーケットインの視点に立つように心がけています。例えばお客様へのインタビューを通じてニーズを把握し、それに応える商品・サービスを考えるなど、お客様を主語にした議論をしようと社内に伝えています。

明確な目標設定と部門間連携で組織力を向上

—— 組織運営の面ではどのような変化がありましたか?

赤穂:最大の変化は、目標設定の方法ですね。ラクスルで採用されているOKR(目標と主要な結果)を導入したことによって、会社の進むべき方向が明確になりました。以前は「ハンコを作る・売る」という漠然とした意識でしたが、今は具体的な目標に向かって着実に進んでいると感じています。

また、グループインを機に、週1回の朝会が大きく変わりました。これまでは製造部門、カスタマー部門、マーケティング部門がそれぞれで朝礼を行っていましたが、すべての部門が同じフロアに集まり、合同で実施するようになりました。すると、定期的に顔を合わせることで、部門間の距離が徐々に縮まり、課題に対する共通認識も生まれました。こうした一体感は、新商品追加スピード向上にもつながっていると思います。

 

柳:目標を実行するために重要なことの一つは、組織が同じ方向にベクトルを合わせて進んでいけるようにすることです。そのため、意図的に部門間の連携を促すような取り組みを行いました。例えば普段接点が少ないマーケティング部門とカスタマーサポート部門でランチ会を開催するなど、そういう小さなことを積み重ねることで、顔の見える関係づくりが進んでいったのではないかと思います。今では目標を共有し、部門を超えて協力する体制が少しずつ整ってきたなと感じます。


3段階のフェーズで進めるグループイン後のPMI

—— PMIについて、どのような計画で進められているのでしょうか。

柳:以前お話したように(前回記事のリンク)、PMIは3つのフェーズで進めています。フェーズ1は「既存の事業と組織についての解像度を高めつつ、トップラインを成長トレンドに戻すこと」。フェーズ2は「印刷EC『ラクスル』とハンコEC『ハンコヤドットコム』のクロスセルによってシナジーを生み出すこと」。そしてフェーズ3は「ハンコヤドットコム単体でも再成長を加速できるような事業に進化させること」です。

フェーズ1では、グループイン時点の横ばいあるいは減退傾向からの脱却を図りました。成長余地があると見ていたWeb広告にフォーカスし、広告チームと集中的に強化を進め、外部環境の影響もありましたが結果として2024年6月期には3年ぶりに過去最高の売上高を達成することができました。

現在はフェーズ2の推進と同時にフェーズ3のテーマにも取り組み始めています。ラクスルとハンコヤドットコムのクロスセルに関しては、どちらのお客様にどこで買っていただくか、によっていくつかパターンがあるため、それぞれ検証を進めながら最適解を模索しています。

—— 具体的な成果は出始めているのでしょうか。

柳:例えば、2024年10月にシステム連携を行ったことで、ラクスルのお客様がハンコヤドットコムでも追加入力の煩わしさがなくスムーズに商品を購入できるシステムを構築しました。これによって、月間で数百万円規模の売上につながっています。

今後は逆方向の連携も強化していく予定で、ハンコヤドットコムのお客様にラクスルのアカウントを持っていただくことで、印刷物やそれ以外の商材やサービスもシームレスに購入できる環境を整備していきます。

 

法人顧客開拓を軸とした新たな成長へ

—— フェーズ3に向けた取り組みについてもお聞かせください。

柳:フェーズ3についてはクロスセル施策を継続しながら、単体でも成長できる事業構造を目指しており、その実現のために特に法人のお客様の獲得に注力しています。そのための具体的な施策として3つ推進しています。

1つ目は、商品ラインナップの拡充。法人のお客様のニーズに応える高品質な商品を開発・投入していきます。2つ目は、サイトの利便性改善。法人のお客様が時間をかけずに商品を選択し購入できる環境を整備します。

3つ目は、新たなチャネルの開拓です。現在はGoogleなど検索エンジンからの流入が主ですが、これに加えて会社設立を支援する他社サービスなど、ハンコヤドットコムのサービスと親和性がある外部サービスとの連携を模索しています。そうした協業により、これまで獲得できていなかった法人顧客の獲得を狙っています。

ラクスルは「中小企業の経営課題を解決する」企業体ですので、ハンコヤドットコムもその一翼を担うことが使命です。そのためにもこういった取り組みを通じて、より多くの法人のお客様に対して、より良い価値を提供していかなければなりません。

 

赤穂:グループインを通じて、「やってみよう」という文化が根付きつつあります。商品開発においても、お客様に新しい価値を提案できるよう、チャレンジを続けていきたいと考えています。商品戦略部では、「こんなハンコはどうだろう」といったアイディアが日々の会話の中で生まれています。ハンコヤドットコムの新たな文化を大切に育てながら、私自身も成長していきたいですね。

 

—— 最後に、今回のグループインを経験されて、これから同様の検討をされる企業の方々へメッセージをいただけますでしょうか。

柳:M&Aで最も重要なことは、お互いの強みを活かして単独ではできなかったことを実現することです。私たちの場合、ラクスルのマーケティングや事業開発のノウハウと、ハンコヤドットコムのブランド力や日本最大級の製造基盤が良い形で融合しつつあります。

もちろん当初はカルチャーの違いにお互い戸惑うこともありました。しかし、密なコミュニケーションと数々の取り組みを通じて相互理解を深め、徐々変化を受け入れられるような組織になってきていると感じていますし、新たな取り組みを行うことは、社員の皆さんの成長機会に繋がっています。

また、創業社長から24年にバトンを受け取るにあたり多くのアドバイスをいただきました。

今の事業をゼロから作り上げたことは尊敬の念しかありません。しかし、現在のように事業フェーズが変わるタイミングでは、新たな考え方を取り入れ成長の方向性も変えていく必要があります。その意味では、今回のラクスルへのグループインは非常に良いタイミングでしたし、お互いの強みを活かしながら新しい価値創造にチャレンジできる理想の形と考えています。

今後もラクスルはM&Aを積極的に進めていく方針です。これからグループに参画いただく企業様にとっても新たな成長の選択肢になるのではないでしょうか。