【座談会】「デジタル領域の小ロット印刷」で圧倒的な価値を生み出すために。M&Aとラクスルファクトリーの分社化で目指す未来

市場で急成長する「デジタル印刷」への思いに共感し合い、協業を経てグループインへ

まずは、今回のネットスクウェアの一事業切り出しと、ラクスルファクトリーとしての分社化の概要について教えてください。

浦上:ネットスクウェアのラクスル社向けオンデマンド印刷事業を会社分割する形で、ラクスル株式会社に譲渡し、ラクスルファクトリーとして2023年8月1日から事業を開始しました。このラクスル向け事業は、グループ連結の年間売り上げ約50億円の半分ほどの割合となっています。

今回の体制変更で、アルバイトを含めて150名ほどの従業員が転籍しました。現在、私はネットスクエアおよび統合後のラクスルファクトリー、両方の社長を務めております。

渡邊:ネットスクウェアとは主力パートナーとして長年のお付き合いがあり、ラクスルからはこれまでに2段階での出資をおこなっています。

初回の投資では、2021年9月にネットスクウェアの株式を40%取得し、関連会社化。そして今回、2023年8月にラクスル向けの事業を切り出す形で譲り受けました。

私はラクスル事業本部の責任者として、初回出資時のシナジー設計から、グループインに伴うスキームの検討、PMIに関わる戦略の立案までを担当しています。ネットスクウェアとラクスルで、ともに印刷業界の変革を起こすためのストーリーを描くような立ち位置です。

上村:私は、もともとラクスル事業本部のSCM部の一員でしたが、ラクスルが最初に出資をした時期からネットスクウェアに出向し、事業運営を一緒におこなってきました。今回のグループインに関しては、PMIにおけるリーダーとして具体的な事業計画の検討、実行を担っています。

長年パートナーとして提携していたネットスクウェアとラクスル、2社の出会いはどのようなきっかけだったのでしょうか?

浦上:最初の出会いは、2015年にさかのぼります。とある案件で東南アジアの企業と関わる機会があったのですが、当時は東南アジアのマーケットについて明るくなく、詳しい方に話を聞こうと考えました。そこで、以前シンガポールに100%子会社を持っていたラクスルの松本さん(現・取締役会長)と西田さん(現・上級執行役員 CAO)に問い合わせてみたんです。

ラクスルのことは、上場前から存在を知っていました。当時もすでに、会社の急成長とそれを実現する経営手法について、印刷業界に限らず多くの方々から注目を浴びていたと記憶しています。

実際にお二人とお会いし、海外マーケットの話題以外に「デジタル印刷およびオンデマンド印刷の領域をどのように伸ばしていくか」といった話もする中で、大変共感する部分が多くありました。そこから、2016年8月の協業開始へとつながったのです。

2019年には、ドイツで開催された「オンライン プリント シンポジウム」への出張にもご一緒しました。いちベンダーである私たちを、現地で「コアパートナー」として紹介してくださり、非常にうれしかったのを覚えています。

「ラクスルとなら、ともに成長していける未来を明確に描けた」

ネットスクウェアにとって、グループインの決め手となったのは何でしたか?

浦上:産業の中ではまだ新しい「デジタル」の領域で印刷業界を盛り上げるべく、同じ志を持つ方たちと事業運営をしたかった。シンプルに表現すると、この一言に尽きると思います。ラクスルとなら、一緒に成長していける未来が明確に見えたのです。

もちろん、乗り越えたい経営課題もありました。ネットスクウェアではかつて実店舗の展開もしていましたが、諸事情がありクローズすることに。次なる成長戦略を考えたときに、当時市場が急成長していたネット印刷事業に本格的に乗り出そうと決めました。ただ当時は社内にノウハウがなく、どうすればよいか悩んでいました。

2015年に出会ったラクスルは、私たちがまったく考えもしなかった「ネット印刷のプラットフォーム」を構築し、成長を続けていました。協業からグループインに至ったのは、ある意味で自然な流れだったと言えます。

これはお世辞でもなんでもなく、私は「会社を買われた」という意識をまったく持っていません。あくまでも、同じ夢を持つ人たちの輪の中に入らせてもらったのだと捉えています。

ラクスルファクトリーの立ち上げに関して、ラクスルの狙いや目指す未来についてもお聞きしたいです。

渡邊:ラクスル事業本部は、成長戦略の一つに「CORE VALUE」——つまり、選ばれ続ける価値をつくることを掲げています。我々のコアバリューとは「安い、早い、ラク」であることです。

小ロット印刷を強みとするネットスクウェアに仲間として加わっていただくことで、この価値をさらに大きくしていけると考えました。

歴史の長い印刷市場において、デジタル印刷の領域はまだまだ発展途上です。技術面でも多様なイノベーションが起こり続けており、投資余地が非常に大きいと見込んでいます。この領域で“勝ち切る”ために同じ方向を向いて走っていけると感じ、ラクスルファクトリーを創立しました。

現場に変化を起こし、成功体験を積み重ねていくPMIの手法

ここからは、ネットスクウェアの事業統合後、どのようにPMIを進めたのかを伺いたいと思います。

上村:まず、徹底しておこなってきたのは「ゴールからの逆算」です。

これまで浦上さんがネットスクウェアを強く成長を牽引してこられ、ラクスル向け事業も順調に伸びています。そんな中でいきなりドラスティックな変化を起こすのは、現場の抵抗感が強いのではないかと考えました。

しかし、目の前の業務をこなしていくだけでは、自分たちの成長レベルに制限をかけてしまうかもしれません。そこで、ゴールを鮮明に描き、現場のメンバーに提示して、そこに向かって一緒にチャレンジしていけるような文化を作ることが先決でした。

会社としての変化の全体像は浦上さんが発信してくださったので、私はより具体的な方向性を示すようにしました。「現状の課題はここにあって、このような投資や施策をおこなうことで業務効率や利益の向上にどのくらい寄与するのか」などと、事柄や数値を出しながら伝えていったんです。

まずは事業計画とそのプロセスに心から納得してもらい、行動を起こして小さな成功体験を積み上げていく。この繰り返しによって、徐々に現場の意識が変容していきました。「私たちは、変化によって良い結果を生み出せる」という、組織としての自己効力感が醸成されたように思います。さらに、成功事例をもとにPDCAを効率的に回せるようになったことも、大きな変化の一つです。

ラクスル側は、どのような体制でPMIに臨んだのでしょうか?

上村:体制上は、私が一人で指揮を取った形になります。ですが、私が所属していたラクスル事業本部のSCM部には、多種多様なバックグラウンドと知見を持つメンバーがたくさんいたので、相談や壁打ちによく付き合ってもらいました。頼りになる仲間の存在は、今回の統合を進めるうえで非常に心強かったですね。

渡邊:現場の方々には「ラクスルにグループインしてよかった」と思っていただきたい。そう考え、ラクスル側もPMIに関するリーダーをアサインしています。

上村さんは、大手食品メーカーのキユーピーにて中国で新工場の立ち上げをおこない、副工場長を務めており、製造現場でのマネジメント経験が豊富です。2020年4月にラクスルへ入社後も活躍してくれている彼に、2社間の接合と、さらなる価値創出につながるオペレーションの磨き込みを任せたいと考えました。

グループインによって生まれた定量的な成果と現場の意識変革

今回のM&Aとラクスルファクトリー設立によって、どのような成果が生まれているか教えてください。

渡邊:前提として、2021年9月におこなった初回の投資開始から統合前までの期間で、すでに150%の成長率を実現しています。ラクスル事業全体の年間成長率が120%~130%で推移していることをふまえると、著しい成長を実現できていると言えるでしょう。

また、ラクスル事業では「安い、早い、ラク」というコアバリューにおいて、国内で圧倒的な存在になりたいと思っています。まだ道半ばではありますが、ラクスルファクトリーなら、デジタルでの小ロット印刷領域においてNo.1になれるという確信も持てました。

上村:成功要因はさまざまな側面があると考えられますが、ネットスクウェアが培ってきた小ロット印刷における知見や確かな技術にも支えられて、成果につながったと感じます。

渡邊:最適かつ戦略的な事業計画、ラクスル側のリーダー、そしてその人材を受け入れてくれるグループインする側の組織リーダー。PMIにおいては、この3つの要素がうまく機能することが不可欠です。

ネットスクウェア側の浦上さんおよび現場のメンバーが、上村をしっかりと受け入れて活躍する場を準備いただいたからこそ、今があると言えます。

また、これまで会社間で約8年のお付き合いを積み重ねてきた中で、お互いの価値の出し方や、会社として大切にする考えを共有できていたことが何よりの成功要因です。あらゆる場面で「一緒になればさらなるシナジーを生み出せる」と、確信を持ちながら実行へと移せました。

浦上:以前のネットスクウェアでは、会社の方針を決めるのは基本的に私一人で、それをトップダウンで幹部や現場に伝えていました。しかし、継続的な事業拡大を目指す上で、いつまでも同じやり方では通用しないだろう、と危機感も抱いていました。上村さんに入っていただいたのは、ちょうどそんな時期だったんです。

上村さんが丁寧に幹部メンバーとコミュニケーションを取りながら成功体験を積み重ねてくれたおかげで、彼らの納得感や信頼関係がつくられていったと感じます。

実際に、ネットスクウェアのメンバーは大きく成長しました。自分たちで考え、実行する自律的な組織になれたのです。私は社長でありながらも、今は現場における意思決定のほとんどを安心して任せられるようになりました。2023年8月の統合から、1年にも満たない期間で組織がこれほどまでに変化できた点は、ラクスルと一緒になって最も良かったことです。

伝統的な産業の構造を変え、社会に価値をもたらす同志として

ネットスクウェアの幹部層や現場メンバーの変容について伺いましたが、浦上さん個人がラクスルへグループインして感じたことについても聞かせてください。

浦上:私自身にも大きな変化がありました。最初に出会ったときから、松本さんや西田さん、渡邊さんをはじめとするラクスルの皆さんは、「勝ち切る」という言葉をよく口にしています。

もちろん私も、いち会社の代表として印刷業界をさらに良くしていきたいと考えていましたが、ラクスルのミッションを聞いたとき「この伝統的で巨大な産業を本当に変えられるだろうか」と、つい及び腰になってしまいました。

しかし、皆さんとご一緒するうちに、彼らは本気で日本の印刷業界を変えようとしているのだと心から理解しました。だからこそ私自身も、印刷業界の変革という使命を担うことに本気になれたんです。

グループインの決め手でも申し上げた通り、ラクスルとは「会社を買収する・買収される」という関係を超えたつながりを築いてきました。今後は、同じゴールに向かって、文字通り一心同体となって全力を尽くせる体制をつくっていきたいと考えています。

最後に、ラクスル事業本部を統括する渡邊さんより、今後の展望をお願いします。

渡邊:私たちラクスルは、圧倒的に、日本一良いサービスの提供を目指します。ラクスル事業本部内では「産業のインフラとなり、100年選ばれ続ける、エクセレントサービス」というスローガンも新たに策定しました。デジタル領域の小ロット印刷において、ありたい姿に最速で到達したいと考えています。

印刷業界をはじめ、伝統的な産業の市場が横ばいもしくは縮小する傾向にある中、各企業では「継続的な成長」が大きな経営課題となっているのではないでしょうか。

ラクスルグループでは、そのような領域にテクノロジーの力を持ち込み、産業構造を変えることで、社会に価値を生み出していきたいと考えています。今後も、ラクスルグループと成長をともにしていただける企業の皆さまと出会えたら幸いです。